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「川瀬巴水-版画で旅する日本の風景-」

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  先月、フランス人浮世絵師 ポール・ジャクレーの展覧会に行った のだが、その時、会場で川瀬巴水の版画制作過程を記録したドキュメンタリー映画を流していた。それが大変面白かったので、大田区立郷土博物館で開催中の「 川瀬巴水-版画で旅する日本の風景- 」展(後期)にも足を運んでみた。  川瀬巴水については、 スティーブ・ジョブズ が子どもの頃に彼の版画を見てその美しさに感銘を受け、大人になってから買い集めになるようになった、ということくらいしか知らなかったので、何もかもが新鮮だった。巴水が大田区の馬込や池上に住んでいたということも、大田区立郷土博物館が膨大な巴水のコレクションを持っていることも、今回はじめて知った。  巴水の版画は「新版画」というジャンルにあたる。絵師である巴水が版画の原画を描き、それを元に彫師が版木を彫り、摺師がそれに絵の具を乗せて摺るのだが、その原画の元となるのが写生帖だ。巴水は写生帖に鉛筆で風景を写生する。(それに色をつけている場合もある) 今回の展覧会では、全てではないが、完成品としての版画の隣に、元になった写生が置いてあって、比較できるのがとても面白かった。  石組みの線や、人物の向き、雲の形など、写生の段階から版画の段階にかけて、微妙に変わっているのがわかる。風景を見て、構図がひらめくとそこでスピーディーに写生をするけれど、原画を描くにあたっては、「版画としての美」を求めて何度も描き直したりしたのだろうと想像した。  いったん原画ができると、それを色を変えて摺ることができるのも版画の醍醐味だ。同じ板木で、昼と夜の絵を作ることもできる。巴水には夜の絵が多い、というのも今回知ったことだ。写生は昼間にしているのだろうが、版画は夜の場面、となれば、巴水の頭の中でどのような変換が行われていたのか、考えるのも楽しい。  (愛子之月(宮城県)1946年)(館内撮影可能)    (湯宿の朝(新潟(塩原 新潟))とその写生帖(左)(館内撮影可能)  それにしても、この究極の緻密さと、それによって表現される雨、雪、空、月、水辺のえもいわれぬ美しさ。版元の渡辺庄三郎の死(1962)とともに「新版画」が衰退してしまった今、このような版画を作ることはできるのだろうか。優れた絵師は今もいるかもしれないが、彫師と摺師の技術はどれくらい継承されているんだろう。そんな...

エジプト映画「EXT.Night」(2018)

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  この映画は2018年の暮れにカイロの映画館で見て、その後アフマド・アブダッラー監督にお話を伺った思い出の映画。先日MUBIで配信されているのを見つけて、駆け込みで再鑑賞した。  映画監督のムハンマド(通称モー)が、ある夜、ひょんなことからタクシーでカイロの街をうろつくはめになってしまうという物語。モーと、タクシー運転手のムスタファー、そして行きがかり上同乗することになった娼婦のトゥトゥの三人の間の人間模様を描く。  三人は社会階層が違う。そのために生活も考え方も、何もかも違う。エジプトの格差社会というか、人々の断絶ぶりが浮き彫りになる。  良くできているなと思うのが、3人が住んでいる場所だ。カイロ・アメリカン大学出身で映画監督のモーは静かで比較的ハイソサエティな地区、マアーディーに住んでいる。タクシー運転手のムスタファーは、その隣の庶民的なハダーイク・イル=マアーディーに、そして娼婦のトゥトゥはさらにその隣のもっと庶民的なダール・イッサラームに家がある。この三つは地下鉄では三つ並んだ駅なのだが、駅が一つ違うと文字通り「住む世界が違う」のだ。(と、アフマド監督はおっしゃっていた)  映画ではモーが、自分とは生活も考え方も全く異なる二人と接し、自分の殻を破っていけるかに焦点があてられているが、もう一つ、娼婦のトゥトゥに対する男性二人のふるまいを通して、女性が置かれている状況についても問題を提起している。エジプトやアラブ世界について予備知識がないと、わかりにくい部分があるけれど、格差とジェンダーという、みずみずしいテーマを扱いながら、2011年革命後のエジプトを描こうとした作品だ。  サブストーリー(おそらくモーの頭の中の映画の構想)として、上エジプトの男性が移民として地中海を渡ろうとする話が時おり挿入されるのだが、それが幻想的でとても美しく、見ていて胸がしめつけられる。  この作品から3年、アフマド監督が今どんな作品を作っているのか、気になる。

チュニジア映画「Hedi 」(2016)

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 チュニジア映画には、マティズモ社会の中で傷つく男性を描いた名作「灰の男」(1986)があるけれど、これは母親に抑圧され傷つく男性を描いた作品だ。   25歳のハーディーはプジョーの冴えないセールスマン。生活の全てを母親に仕切られ、家族の決めた相手との結婚式を控えている。ハーディーは母からいつも兄アフマドと比較され、感情や意見を表すことができなくなっている。本当は絵を描くことが好きで、作品を発表したいのに、その夢をかなえられそうにもない。  そんなハーディーが、仕事先のマハディア(地中海沿岸のリゾート)で、リムというオープンマインドで魅力的な女性と出会う。次第に変わっていくハーディー。果たして自分のために人生を歩んでいくことができるのか…。  演出家の竹内敏晴が、『教師のためのからだとことば考』の中で、日本の劇(ドラマ)は、ヨーロッパ流の「明確な目標を持って行動する」というストーリー展開ではなく、主人公が模索して模索して最後に選択し、そこでドラマが終わってしまう、つまり非行動のまま終わる形になりやすい、と述べているが、まさに「選択に至るまでを描く」作品だ。ハーディーがどんな決断を下すのか、最後の瞬間まで目が離せない。  リムとの出会い以降の展開には疑問な部分もあるが、とにかくチュニジアの空気感が絶妙に表現されていて、見ていて懐かしさでいっぱいになってしまった。そこはかとなくジャスミン革命とその後のチュニジアの歩みについても言及されているし、ハーディーが自己を解放する場がスーフィー教団の集会だったりする所も、欧米の観客への配慮が行き届いているなと思った。  それにしても「あなたのために良かれと思ってやったことよ」とか、「そんなに傷ついているなんて知らなかった」とか、抑圧的な親の言うことは洋の東西を問わず同じなんだな…。ムハンマド・ベン・アティーア監督の長編第1作。この作品はMUBIで見たのだが、MUBIにはこの監督の次の作品も出ているから、近々見てみようと思う。 原題は「いとしのハーディー(We love you, Hedi)」と言ったところかな。  

「ポール・ジャクレー全木版画展」

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  信濃追分の追分宿郷土館で、「 ポール・ジャクレー全木版画展 」をやっていると聞いて行ってみた。  まず、「フランス人浮世絵師ポール・ジャクレー(1896~1960)」なる人がいたことを知らなかったし、軽井沢に住んでいたことも全然知らなくて、もう驚いてばかりだった。  ジャクレーの木版画は、江戸時代以来の浮世絵の多色刷りの技法を用いたもの。絵師と彫り師と摺り師がチームを作って版画制作に当たる。下絵に使っていたのが筆ではなく鉛筆だったため、線がとても繊細なのと、テーマが南洋や韓国、中国など幅広いところが伝統的な浮世絵とは違う。  何というか、目をとらえて離さない不思議な絵だった。確かに浮世絵っぽいというか、いわゆる影のない平面的な絵なのだけれど、浮世絵とは明らかに違っていて、脳が認識するのに手こずっている感がある。そして何という色の美しさ。何という細かさ。版画の技術の高さに息を飲む。  個人的には中国の女性の切れ長の目が、とても美しく表現されていて良かった。  館内では、ジャクレーとも親交のあった版画家、川瀬巴水が木版画の制作過程を解説したDVD『版画に生きる川瀬巴水』が流されていて、これも見応えがあった。スティーブ・ジョブズの美意識の原点ともなった巴水の版画がこんな風に作られていたのか…と興味深くて、思わず最後まで見てしまった。

レバノン映画「When Maryam spoke out」(2001)

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  イスラーム映画祭5で上映されたレバノン・ドイツ映画、「ハラール・ラブ(アンド・セックス)」(2015)のアサド・フーラードカール監督の作品。テーマは同じくムスリム女性の結婚と出産をめぐる問題だ。  ムスリムのマルヤムと夫のズィヤードは仲の良い夫婦だったが、結婚後3年たっても子どもが生まれない。医師の診察の結果、マルヤムは子どもが産めない体であることがわかる。  ズィヤードの母は離婚を迫り、マルヤムの母はインチキ呪術師のところにマルヤムを連れていき、マルヤムは心身ともにボロボロになっていく。養子に否定的な価値観のもと、夫婦に襲いかかる「子どもを産め」という圧力の中で、マルヤムとズィヤードの下した決断は…。  脚本もカメラも演出も何となく素人っぽく、決して洗練されたストーリーテリングではないのだが、最後の方は思わずもらい泣きしてしまった。不妊の問題を通して、アラブ・イスラーム世界で女性(と男性)が社会に何を要求されているのか、そしてその中で個人が幸福を追求できる道はあるのかを描こうとしている。  エンドロールでは、「隠れた宝」と呼ばれる言葉が繰り返し朗唱される。預言者ムハンマドが神の言葉として語ったとされるものである。 .کنت کنزاً مخفیاً فأحببت أن أعرف فخلقت الخلق لکی أعرف (我は隠れた宝であった。そして我は、おのれを知らしめたく思った。そこで我は人間〔被造物)を創造した。我が認識されるように)  この朗唱は色々な意味で解釈できるが、映画のタイトルが「マルヤムが語った時」という意味なので、これまで語られなかった女性の苦しみを知らしめるためにこの映画を作った、という解釈も成り立つかな、と思った。  

レバノン映画「Out of Life」(1991)

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  レバノン映画史を語る上ではずせない、マールーン・バグダーティー監督の最重要作品。見終わってから、「無防備都市/ベイルートからの証言」というタイトルのもと、日本でVHSが販売されていることを知った。  1987年、レバノン内戦のさなか、実際にヒズブッラーに誘拐されたフランス人フォト・ジャーナリストのロジェ・オークの体験を元にした映画である。  レバノン内戦の様子を取材していたフランス人フォト・ジャーナリストのパトリックは、ある日シーア派武装組織に誘拐されてしまう。アジトに監禁された彼の精神状態の変化と、監視役の戦闘員たちとの会話を通して、レバノン内戦の特徴や、それをとりまく大きな構造を解き明かそうとする。戦争映画だが、いわゆる「ヒーローもの」では全くない。  アジトは街の建物の中にまぎれこんでいるため、周囲では昼間は子どもたちが普通にたこあげやサッカーをして遊んでいる。誘拐されたパトリックにとっては地獄の苦しみ、すなわち「彼の戦争」が進行しているのに、外の世界からはそれが全くわからない。声を上げることも許されないし、声を上げたとしても、誰にも気づいてもらえないのだ。  パトリックと戦闘員との会話で明らかにされるのが、レバノンとフランスの圧倒的な非対称性だ。戦闘員たちは人質のパトリックに対してフランス語を話すが、これ自体が、植民地支配の証である。貧しいレバノンの村出身の戦闘員にとってはフランスはあこがれの国であり、フランス人であるパトリックはその国籍だけで特権階級の人間なのだ。  「名前をつける」というのもこの作品のテーマの一つだ。パトリックは戦闘員に対して「フランケンシュタイン」「フィリップ」などの名前をつけていくが、逆に自分が戦闘員から「ナウーム」というアラブ名を与えられると、断固拒否をする。  後に戦闘員が、ベイルートの通りの名前は「ジャンヌ・ダルク通り」だの「クレマンソー通り」だの、フランス風の名前が多い、と言う。これもかつて植民地支配の名残である。結局のところ、「名前をつける」とは「支配する」ことの現れなのだ。だからこそパトリックはアラブ名を拒否したのだろう。  また別の戦闘員は「俺は最初は共産主義者と、その後はPLOと、次は民兵組織アマルと一緒に戦って…」という。味方する勢力はどんどん変わるけれど、戦争は全く変わらない、と。いったん内戦が始まると...

レバノン映画「Ghadi」(2013)

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  この映画は日本でも一度だけ映画祭で上映されたことがあるらしい。レバノンのキリスト教徒(マロン派)の小さな街で、障害をもった男の子ガディーが人々から排除されそうになる。父親は息子を守ろうと、「息子は天使だ」と言い、街の人を信じさせようとする。やがてイスラームにおける聖者崇敬のような感じで、街の人が願掛けをするようになり…。  父親が、これから生まれてくる我が子に障害があることを知り、恩師に相談するシーンが心に残った。恩師は、「彼は神の恵みだから、生まれてくる権利がある。今すぐ名前をつけなさい。そうすれば彼は存在するようになる。名前とともに彼は人となり、いったん人となれば彼を消し去ることはできなくなる」と言う。当たり前のことなのだけれど、改めて「存在の大もとは名前にある」と聞いて、『旧約聖書』の天地創造シーンを思い出してしまった。  でも少しもやもやした気持ちも残る。ガディーの父親が、街の人々の願掛けに対応できる資産と実行力があったから良かったようなものの、もし何もできない父親だったら結局ガディーは排除されてしまうのか?ガディーがガディーであるだけでは受け入れてもらえないのか?そういった父親の実力も込みで、ガディーがこの世に生まれてきた役割だ、ということなんだろうか?  その問題は消化できなかったけれど、コミュニティの人々が、それぞれ小さな願いをもっていて、それは周囲の人間が丁寧に聞いて動いてあげれば結構かなうことなんだ、というのは面白い。人に手を差し伸べることの大切さ。窮地に陥った父親を助けるのが、街の中でも二級市民扱いされていた人たちだったというのも、「良きサマリア人」っぽいなと思った。