チュニジア映画「Dear Son」(2018)

(ネタバレ注意:前半までの重要な部分を含みます)

 先日見たチュニジア映画「Hedi」のムハンマド・べン・アティーア監督の長編第二作。これも親子関係がテーマの作品だ。

 退職間近のチュニス港のフォークリフト作業員、リヤードと、教師の妻ナズリ。最近心配しているのは、一人息子の19歳のサーミーが、バカロレア試験を目前に、ひどい偏頭痛に悩まされ、嘔吐し、時に失神するようになっていることだ。

 ジャスミン革命後のチュニジア。暮らし向きが楽ではないなか、リヤードは息子の問題を解決しようとあらゆる努力をする。カウンセリングに連れて行って、サーミーは少し調子が良くなったかに見えたが、ある朝突然いなくなってしまう。リヤードが驚いたことに、彼の行き先はシリアだった。果たしてリヤードは息子を取り戻せるのか…?

 凄いなと思ったのは、サーミーの行き先について、失踪以前に何のヒントも描かれないということだ。何しろ行き先が行き先なので、普通ならモスクに出入りするとか、過激な仲間ができるとか、何らか示唆する行動があるはずなのに、それが全くない。(サーミー自身の嗜好としてわかるのは、部屋にベルギーのヒップホップ・ミュージシャンのストロマエのポスターが貼ってあることくらいだ) つまりこの映画は、チュニジアの若者のIS行きの背景を、モスクとか過激な説教師の存在といったありがちなストーリーでは語らず、徹底して家庭のひずみとして描いているのだ。

 リヤードは暴力的でも抑圧的でもない。たぶん誰が見ても「良い」親、息子を溺愛している親である。しかし息子に、自分では全く気づかずにプレッシャーをかけている。この「無自覚」というのが一つのキーワードだ。ただ働き、金を稼ぎ、結婚することを目標にすればよかったリヤードの世代と、より抽象的で、100%理想的な「生きる意味」を見つけなければならない息子の世代では、心に抱えているものが全く違う。子どもが嘔吐したり失神したりするのは、体を使って親にSOSを発しているのだが、リヤードにはそれが理解できなかった。

 ラストシーンが、最初は「???」という感じだったのだけれど、見終わってつらつら考えているうちに、すごくリアルなラストだと思えてきた。リヤード役のムハンマド・ズリーフの名演技が光るとともに、彼の女性の同僚を演じたイーマーン・シャリーフも魅力的。カンヌ国際映画祭で上映された作品だけれど、アラビア語の総合シネマサイト「エルシネマ」だとあまり高評価ではないのが興味深い。見る人によってかなり評価が分かれる作品という気がした。

(アラビア語の原題は「我が子」)



 

 

 

 



 

 




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