レバノン映画「Heaven without people」(2017)

  ベイルートのキリスト教徒、ジョセフィーヌとアントワン夫妻の家。イースターの日に家族・親族が集って食事をしているところに、遅れて息子のセルジュと恋人のライラがやってくる。地区は停電中。セルジュは母ジョセフィーヌとエチオピア人のメイド、ズーファンに挨拶をして、ライラとともにテーブルに着く。

  ご馳走を囲んでの会話劇。聞いているとだんだんに家族の事情がわかってくる。長女リタの夫(カトリック)をのぞき、一家はマロン派キリスト教徒。だがメンバーそれぞれが政治的、宗教的立場、生活レベルにおいて微妙に異なっている。世代による意見の違いもある。前半の会話に色々な伏線がしかれていて、それが後半にどんどん回収されていく。ネタバレになるので詳しくは書けないが、例えばライラが「私はダーヒヤ地区に住んでいて」と言って、見ているこっちとしては思わず「おお!」となったりする。

 それだけではない。独立時の「国民協約」(大統領=マロン派、首相=スンナ派、国会議長=シーア派の取り決め)、内戦、そして2006年のイスラエルの侵攻といった、レバノンの歴史をおさらいしながら、宗教過激派、選挙買収、青年の非行、湾岸諸国への出稼ぎ、外国への移住、マティズモ、外国人労働者といった、今のレバノンが抱える問題がてんこもりで語られる。一軒の家の中、キリスト教徒のイースターのテーブルから、「レバノンの過去と現在」を見せようとした脚本だ。…というか、この作品の3年後には港湾爆発事故、そして現在は経済破綻という状況を考えれば、ある種、レバノンの未来を予言した作品と言ってもいいかもしれない。

 「人がその人生で自由でいられるのは最初の5分間だけだ。すぐに名前と国籍と宗教を与えられるのだから」というセリフが印象的だった。その国のその宗教の家に生まれた瞬間から、どういう人生なのか大体決まってしまう、という状況に対して、特に若い世代ほど閉塞感を覚えているのがよく伝わってくる。

 90分間ひたすら会話を聞いているのと、カメラが固定でないので、面白いけれど結構疲れる映画だった。一家が当たり前のようにカリール・ジブラーンを話題にしてくれるのが救いかな。


アラビア語の原題はさしずめ「イースター・ランチ」といったところか。
ルシアン・ブージェイリー監督、2017年


 




 





 

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